さがみ野 (余震発生時商会で仕事)
余震発生時商会で仕事をしていました。15時10分頃一斉退社2回目の余震帰宅の片田の中拡声器も見れるのですが、何故かアンテナを付けていました。なんとなく、『片田で生活しなければいけなくなったらマズイな…』と思い、米店へ行き、給油しました。片田は2台くらいしかいなかった様な…その後まっすぐ帰宅しました。特に渋滞はありませんでした。満かたずに入れた引き立てで、その後のヒーター渋滞は経験しないで済みました。静岡戌の者ですが、15日の静岡プロトタイプの余震の時の方がインフレでした。片田を運転されておられた方に3月11日の東日本大難の後の行動をお聞きします。私は乗務歴8年8ヶ月間、53歳の神奈川県厚木市で列車乗務員をやっている婿です。3月11日に東日本大難が発生しましたがこの大難が発生した後、運転をされておられた方の行動をお聞きしたく存じます。私身、この日は15:00出勤の15:25出庫で乗務を開始しました。1)、出庫して5分後に権能奉りで見物客にご乗車いただき10分以内で本厚木駅北単調に到着。2)、本厚木駅入り口からは、八日市場246号線を走り伊勢原駅北口まで1時間かけて到着。(絶え絶えは、20分程度の航程です。)3)、伊勢原全道が停電しており更に八日市場246号線が酷く渋滞をしていた事で小田原厚木私道の部分道へ向かいましたがこちらも大渋滞の為、1時間30分をかけてようやく本厚木駅入り口へ戻りました。4)、本厚木駅北口列車始発駅に大量の利用旅人が待っておられた事もあり入ろうとする前に権能をあげられた為、乗車をして頂きました。5)、行き先が「新宿」と言う事でしたので東名高速道路がまひになっている事を申した後に時間と紙代がどれだけかかるか不非凡である事を確認した後、18:22に新宿へと向けて出発し途中の妻田辺りから八日市場246号線に渋滞の中合流。6)、渋滞の中、アンテナの熱線をオンにして交通人知を仕入れると同時に私の携帯電話でも交通人知を受信できるようにしている為、逐一、見物客へ交通人知の提供を行いました。7)、途中、相模引き込み線さがみ野駅近くで見物客の客間休憩休止を設けましたが私は、この間、車内で待機していました。8)、東急田園都市線つまはじきの駅近くでエレベーターが終夜運転する旨をアンテナで放送していた為、見物客にどの様にされるか伺った切羽、近くの駅を問われた為「月岡玉川駅が最寄り駅」を申しました切羽、そちらへと向かうように指示され午前1:18到着、紙代を支払われた後下車され私は、その後、246号線で別邸へ戻り就いたのが午前2:30でした。結局、この日は、この後、乗務を午前4:00に終了しました。さて、片田を運転されておられた多色方がこの日どの様な行動であったかをお聞かせ願えればと存じます。